『「メンタル弱い」が一瞬で変わる本 何をしてもダメだった心が強くなる習慣』より

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『「メンタル弱い」が一瞬で変わる本 何をしてもダメだった心が強くなる習慣』(片田 智也 著)
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・あなたのメンタルが何をやっても強くならなかったのは「強さの材料」であるマイナス思考やネガティブ感情をゴミ箱に捨ててきたから。
・弱さの否定からは、本当の強さは絶対に生まれない
・「メンタルが弱い自分はダメ」という自己否定は「ムダな自己否定」
・普通に生きていれば、落ち込みや不安といった必要悪はしょっちゅうある
・メンタルの自然な弱さというのは「防御反応として何かを警告している」と考えて
・どんなに不快なものでも自然と湧いてくる感情はすべて意味がある
・あなたが感じている落ち込みや不安、その他の弱さはすべて、理由があって生じた自然なもの
・感情のコントロールとは、自然な感情を認めて息を合わせること

・あなたのメンタルが何をやっても強くならなかったのは「強さの材料」であるマイナス思考やネガティブ感情をゴミ箱に捨ててきたから。

「メンタルの弱さ」は悪ではない。

「いらないもの」なんてとんでもない。

それはゴミではなくて、むしろ「強さの材料」

・弱さの否定からは、本当の強さは絶対に生まれない

進化生物学では原則的に「遺伝している形質(傾向)は、何らかのかたちで生存の維持、繁殖の成功に役だっている」と考える。

つまり、不安や落ち込みに意味があるということ。

ものごとのプラスの面を見る、過ぎたことでクヨクヨしない、変えられないことを考えないなど、よく耳にするメンタル強化法は、どれも「メンタルの弱さを否定すること」が前提。

その結果、あなたのメンタルは強くなったか。

・「メンタルが弱い自分はダメ」という自己否定は「ムダな自己否定」

私が出合った「メンタルが弱い人」は、落ち込んでいることを「情けない」と嘆いたり、「早く忘れないと」と強がったり、自然な弱さを否定している。

落ち込みや不安、ゆううつ、クヨクヨというのも、すべて理由があって生じている防御反応。

無視する必要も強がる必要も、否定する必要もない。

・普通に生きていれば、落ち込みや不安といった必要悪はしょっちゅうある

自然と湧いてくる感情や感覚を言葉や思考で不自然に美化してしまうのは、くやしさや嫉みといった「弱さ」を「悪いもの」だととらえているから。

・メンタルの自然な弱さというのは「防御反応として何かを警告している」と考えて

わかりやすい例でいえば、目の前に野生のライオンがいるとしましょう。

児湯不振というのは「その場を離れない」という警告。

「怖くない」と言葉で強がることはできても、そういった理性とは無関係に「ここにいたくない」と、逃げ出すことを動機づけてくる。

不安というのは「未来の危険に備えなさい」という防御反応。

・どんなに不快なものでも自然と湧いてくる感情はすべて意味がある

内面に湧き起こる自然な感情を疑わない。

それは長い年月をかけて蓄積された「安全に生きるための防御反応」

・あなたが感じている落ち込みや不安、その他の弱さはすべて、理由があって生じた自然なもの

あなたが人より弱いからそう感じるのではない。

あなた自信がわからなくても、そう感じるにふさわしい理由はかならず存在する。

だから、どんなに情けない自分がいても「ダメだ」とバツをつけないでほしい。

バツをつけると、自己否定の回数が増えてしまう。

・感情のコントロールとは、自然な感情を認めて息を合わせること

ところが、たいていの方は、感情と格闘して、不自然にそれを押さえつけること、それを感情のコントロールだと勘違いしている。

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